岩井 雪乃(環境・生態班)タンザニア 海外出張期間:2017年2月8日〜13日

「アフリカゾウを追い払う:実践と困難」
岩井 雪乃

(派遣先国:タンザニア/海外出張期間:2017年2月8日〜13日)

タンザニア北部地域では、2000年代に入ってからアフリカゾウが農作物をあらす害獣となっている。かつてはゾウは保護区内にいたが、村の中まで畑の作物を食べに入ってくるようになってしまい、時には人が殺される事件も起きている。村びとたちは、自分の生活と生命を守るためにゾウを追い払い、保護区に戻そうと努力するが、10トンもある巨大な生物に立ち向かうのは命がけである。そして、それが1頭のみならず多いときには200頭もの群れで押し寄せて来ることもある。このような状況に人びとはどう対処しているのだろうか。

家の前で平然と木を食べるゾウ

本調査では、筆者が1990年代から調査を続けているセレンゲティ国立公園の西側に隣接する村落で、村びとによるゾウ追い払いをつぶさに観察する機会を得たので報告したい。

2月半ばのその日は、前日に久しぶりに雨が降った日だった。午後4時ごろ、村びととともに、村と保護区の境界に設置しているワイヤーフェンスを見回っていると、ゾウの群れ(6頭)を発見した。ゾウは、まだワイヤーの外(保護区側)にいたが、しきりにワイヤーを嗅ぎ回っているので、今にもポールを倒して入ってきそうだった。

村の中に入っているゾウ

近所の若者たちに連絡がいき、すぐさま10名ほどが集まった。口笛、ブブゼラ、バロティ(銃声に似た音がでる爆竹機)、犬、弓矢など、それぞれに持っている道具を駆使してゾウを脅かし、ワイヤーから離れた保護区の方へ追いやった。解散した時には夜8時になっており、家に着いたのは10時ごろになっていた。

若者たちの追い払いチーム

ところが翌朝、ゾウはワイヤーの切れ目を見つけ出し、村の中に入っていた。朝8時から再び追い払いが始まった。15名が集まって出動。しかし、3時間追い払っても、ゾウは出ていってくれない。脅かされて逃げてワイヤーにぶつかると、また村の方に戻ってきてしまい、なかなかワイヤーの切れ目に行ってくれない。そのうちに、群れが分かれて2頭と4頭になってしまい、追い払う人数が足りなくなってしまった。近隣地区からも応援をよび、さらに人数を増やして右往左往すること10時間。夕方6時になって、ようやく切れ目から保護区へ出ていった。

帰路につく時、若者たちは満身創痍だった。ゾウとともに数十キロを走り回った結果、ねんざして杖をつくもの、木の根を踏み抜いてびっこを引くもの、爆竹機でやけどしたもの・・・。そして、全員が疲労困憊してお腹をすかせていた。

わたしはこの翌日に村を後にしたが、その日の晩にもまたゾウ群が来て、若者たちは一晩中追い払いをしたそうだ。彼らは、寝る間もなく生計のために労働をしている暇もない。これでは彼らの生活が成り立たず、追い払いを続けることもできなくなり、ゾウに対処できなくなってしまうことが懸念される。そうなった時、人びとは自らの生活をどうやって成り立たせるだろうか。ある村びとは、「畑の作物をゾウに食べられてしまうなら、狩猟をするしかないじゃないか」と怒りをあらわにしていた。

セレンゲティ地域の人びとにゾウを保護することを強いているのは、タンザニア政府であり、観光業者であり、ゾウを見たい観光客であり、自然保護を求める先進国のわれわれである。村びとが試みている「ゾウと共存するための追い払い」をどう支援できるのか。わたしはこれまでに、32kmのワイヤーフェンスを設置するプロジェクトをおこなってきた。現在、次なる展開を模索しているところである。

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