塩田 勝彦(言語・文学班) ナイジェリア 海外出張期間:2017年2月24日~3月13日

「『ジュジュ』を読む―言語学・文学資料としてのヨルバ語ポピュラー音楽の分析―」
塩田 勝彦

(派遣先国:ナイジェリア/海外出張期間:2017年2月24日~3月13日)

20世紀初頭、蓄音機の普及とともに西アフリカでも商業録音が始まり、数多くの現地音楽が録音され、レコードとして発売されるようになりました。マスメディアと結びつくことによって、現地音楽はその形を整え、西アフリカにおけるポピュラー音楽が成立したのです。
この時期はまた、ギニア湾岸の港湾都市を中心に都市化が進み、経済の発展とともに外国文化も流入し、社会や価値観が急速に変動していく時代でもありました。
西アフリカのポピュラー音楽は、変わりゆく社会とともに成長し、社会を映す鏡として、またある時は社会に影響を与える言論の道具として機能してきました。
西アフリカには現地語で出版された書籍や新聞、雑誌などもありますが、庶民にとってレコードや街角で流れる流行り歌は、活字よりずっと身近なものだったと考えるべきでしょう。
アフリカ出身者が多いカリブ海のトリニダード・トバゴでは、現地のポピュラー音楽であるカリプソが、しばしば「プアマンズ・ニューズペーパー」と呼ばれていました。ポピュラー音楽には時事を伝える瓦版としての機能もあったのです。
アフリカにおけるポピュラー音楽は1970年ごろから熱心に研究されるようになり、いくつかの音楽ジャンルに関しては、その民族音楽学的、および社会史的側面がかなり明らかにされてきています。

ナイジェリアのラゴスは、そのようなポピュラー音楽が早くから栄えた都市のひとつです。ラゴスには古くから多くの民族、文化が流入していますが、基本的にはヨルバ人の町です。
ヨルバ民族は、お互いに系統を同じくしながら異なる歴史を重ねた都市国家群から構成されており、19世紀は相争う戦国の時代でした。言語もそれぞれが異なる方言を持ち、標準語が整備されたのも19世紀半ばになってからです。その後イギリスの支配下に置かれて社会は安定し、同じ民族としてのアイデンティティを強めていきます。
20世紀には「ヨルバ」としての民族意識も高まり、ナイジェリアの独立へ向けて大きな役割を果たすことになるのですが、その過程を様々に記録し、民衆の声を代弁し、その心情を描写してきたのがヨルバのポピュラー音楽でした。
ヨルバのポピュラー音楽は、民衆の歴史観をヨルバ語で記録し、詩的言語の豊富なバリエーションを提示し、民衆レベルでの言語推移の記録を留めた、貴重かつ豊かな資料であると言えるでしょう。

今回の調査では、音源を入手できたヨルバのポピュラー音楽のうち、録音最初期の1920年代から独立後10年ほど、すなわち1960年代末までのものを選び、歌詞の聞き取りと翻訳をナイジェリア人研究者との共同で行いました。
作業はエキティ州、アド・エキティ市のエキティ州立大学(EKSU)文学部、言語学・ナイジェリア言語学科のM.A.アビオドゥン教授、O.アラム教授、および大学院生数名の協力で順調に進み、約40曲のデータが収集できました。

本格的な資料の分析はこれからですが、整理の過程で以下のような点に気付きました。

1)ヨルバ語には「深いヨルバ語(ìjinlè̩e̩ Yorùbá)」と呼ばれる、通常の口語とは異なる語彙と文法からなる芸術的変種が存在し、もっぱら詩の創作に用いられていますが、この「深いヨルバ語」が最初期の録音からすでにポピュラー音楽の中に取り入れられていたようです。
初期のヨルバ語ポピュラー音楽は、その演奏者が必ずしもヨルバ人というわけではなく、片言のヨルバ語を許容する風潮も認められていたのですが、歌詞そのものには早くから高度な芸術表現が用いられており、詩作の伝統との関連が注目されます。

2)前述のように、ヨルバ語は19世紀から標準化が進められており、商業録音が開始された20世紀初頭には、少なくとも都市部のリンガフランカは標準ヨルバ語になっていたと考えられています。録音音源は全時代を通してほぼ標準語で歌われていますが、ところどころに方言が組み込まれています。興味深いのは、初期のものより、標準語がより隅々まで普及した独立後の60年代のものに方言要素が多くみられるということです。圧迫された方言が地方出身者の郷愁や連帯感の象徴になりつつある、その過程の表出と考えられるかもしれません。

3)ヨルバ文化は、北部から流入してきたサヘル文化とのつながりが深いイスラム文化圏と、南部の港から流入してきた西洋文化とのつながりが深いキリスト教文化圏の二つに大別でき、その両者がさまざまな度合いで伝統宗教・文化の影響を受けています。ポピュラー音楽もイスラム文化圏に属するもの、キリスト教文化圏に属するものに分けることができますが、イスラム文化圏の音楽が楽器編成、歌詞の表現などにおいてヨルバの伝統的な(少なくとも、その時代にはそう思われていた)様式にこだわる一方、キリスト教文化圏の音楽は、比較的新しい外来要素(ラテン音楽のリズムや西洋楽器など)を抵抗なく取り入れ、歌詞にも個人的な感情表現が見られるようです。保守的なイスラム文化圏と進取の気性に富むキリスト教文化圏というヨルバランドにおけるステレオタイプは、ポピュラー音楽においても(少なくとも、表面的には)そのまま支持されているように見えます。

今後はこの資料を整理し、言語・文学および歴史的観点から注釈をつけ、保管・公開へ向けた作業を続けていく予定です。

イバダンのCDショップ。この店はヨルバ音楽だけを扱っている。

調査に協力していただいたA・アビオドゥン教授。エキティ州立大学にて。

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