[海外出張報告] 細井友裕(国家・市民班)南アフリカ 海外出張期間:2018年10月14日〜21日

「南アフリカ:解放闘争の遺産と四半世紀の変化」
細井友裕

(派遣先国:南アフリカ/海外出張期間:2018年10月14日~21日)

はじめに
2018年10月14日から同21日にかけ、筆者は「アフリカ潜在力」次世代調査支援による渡航補助を受け、南アフリカ共和国(ヨハネスブルグとケープタウン)へ渡航する機会に恵まれた。小欄はこの調査の活動報告である。

はじめに、本調査と「アフリカ潜在力」の間の関係について簡単に述べておきたい。筆者はアフリカ諸国の事例を通じた、国家形成(state formation)の理論的研究を進めている。近年、戦争や内戦などを経験した国において、戦時の武装勢力と市民の間の関係性が、戦後体制においてポジティヴに作用するとする研究が出現している。内戦下の武装組織や解放組織が勝利するためには市民からの支持を得なければならず、そのためには市民にサービスを提供し、効率的な組織運営を行う必要が生じる。紛争下に形作られたこれらの制度的遺制が、紛争後の国家運営において「効率的な行政」や「市民へのアカウンタビリティ」といった、望ましい政治の在り方につながるのではないか、というのがこうした研究の要旨である。

さて、南アフリカ(以下、南ア)を含む南部アフリカ諸国は長期的かつ熾烈な解放闘争を経験した。冷戦終結と前後してこれらの闘争は終結に向かったが、こうした過去の犠牲は南部アフリカ諸国が効率的な国家を作るうえでの「潜在力」なのではないかと筆者は考えたのだった。

特に南アは筆者が強く関心を持つ国であることに加え、時期的に望ましいこともあり、筆者は今回南アを訪問することにした。レベルの高い研究機関、独立したジャーナリズムの存在により、研究に必要な資料は十分に揃うと考えられ、かつ2018年はネルソン・マンデラ生誕100年、2月の大統領交代、総選挙まで1年と、政治的・社会的なイベントが目白押しであったため、この時期の訪問が適切であると考えたのである。

筆者にとって南ア訪問はもとより初めての海外調査であったため、まずは以下2点を目的に本調査を行った:(1)アパルトヘイト関連施設の訪問を通じ公式の「語り」を確認すること、(2)闘争と近年の政治・最近の政治話題書を書店で入手することである。

訪問先一覧

ヨハネスブルグ
・アパルトヘイト博物館
・ソウェト(ソウェト住人によるツアーを手配し参加)
・マンデラハウス
・ピーターソン博物館
・Exclusive Books、サントンシティ店

ケープタウン
・Clarke’s Book Shop
・ロベン島
・District Six博物館
・Exclusive Books、V&Aモール店
・Van Shaik Books

アパルトヘイト博物館。入場券に人種がランダムに記載され、
入り口が「人種別」に指定される。
アパルトヘイトを追体験できる仕組み。

過去の遺産
いずれの博物館・資料館も、過去に起きた闘争の経験を保存し伝えることに一義的な主眼が置かれていた。展示内容は一般的な南ア現代史文献に描かれている「教科書的」なものと変わりないが、闘争時に使われたプラカードや武器・政府側の装甲車、政治犯収容施設、各勢力の内部文書などの実物の展示に加え、人々の生活を再現したブースやアパルトヘイトを追体験できるブースなど展示の工夫により、解放闘争を生々しくイメージできるような仕掛けがみられた。

また、闘争の中で語られた主義・主張がアパルトヘイト後の新生南アフリカの制度に反映されているとの展示や語りも多く、解放闘争が今日の南アの政治・社会にポジティヴな影響を与えているという筆者の想定に近い内容は少なくなかった。ソウェトを案内してくれた住民ガイドは「生活をより良くしようと声を上げるのは解放闘争以来、我々が行ってきたことだし、当然のことだ」と話してくれた。これが外部からの来訪者に対するガイドたちの決まり文句なのか、彼の本心なのかは判然としない面もあるが、解放闘争時の行動様式がいまだに受け継がれている一面を見ることができた。

ソウェトの不法移民居住地域。
他の家屋に比べると粗末な家は、近隣国からの不法移民の家だとガイドに説明を受けた。
共用トイレのくみ取りは2週に1回、電気は送電線に違法に接続し確保しており、住環境は悪いという。

過去からの変化
移動中やガイドとの雑談の中で、四半世紀の間に南アを取り巻く環境が大きく変わったこともうかがえた。交差点にはホームレスが立ち、車が停まると食べ物を求めて近づいてくる。豪邸が立ち並ぶエリアでは多くの人がゴミ箱を漁り、深刻な経済格差を感じずにはいられなかった。ガイドによれば今の南アには失業者も多く、若者や南ア市民は政府や以前の勤務先から一定の補助を得られることもあるが、近隣国から来た不法移民は給付がなくホームレス化しやすいのだという。ソウェト内にも不法移民が増えており、電気や下水道サービスがほとんど提供されないなど、彼らの住環境は極めて悪いことも話してくれた。

また、これまでとは異なる形の異議申し立ての方法も感じられた。ケープタウンに到着すると、筆者が移動手段として使う予定であった市バスMyCityバスがストライキで運休し交通が混乱しており、国立図書館など当初予定していたいくつかの施設への訪問を断念せざるを得なかった。報道によれば、このデモは左派ポピュリスト野党「経済的自由の戦士(EFF)」が一部の市バス従業員を動員したもので、組合を通さないいわゆる「山猫スト」だったという。EFFは貧困層を中心に一定の支持を集め、現在は国会で野党第二党の勢力を誇っている。党首マレマは与党アフリカ民族会議(ANC)の青年連盟議長であったが、現在は離党しANCを手厳しく非難している。時にバンダリズムと批判される彼の行動様式は、ポストアパルトヘイト後の高失業率や格差拡大など、四半世紀の南ア社会の変化の中で生じた一部の人々の不満を反映させているようである。

四半世紀の間に南ア社会内部あるいは南アを取り巻く環境が大きく変わっており、これが人々の行動様式や与党ANCの政策や態度にも変化を及ぼしているように思われる。今回入手した資料を基に、闘争の遺産と解放後の変化についてより深い理解ができるよう、研究を進めたい。

山猫ストで閉鎖されたケープタウン市バスのバス停。
ヒッチハイクを試みる利用者もいた。

おわりに
今回の南ア訪問はおおむね所期の目的を達成できたものと思われる。主要な博物館・資料館をめぐることでアパルトヘイトの遺制に関する公式な言説について確認することができた。また、Clarke’s Book Shopを中心に総計26冊の南部アフリカに関する新刊書・古書を入手することができた。これらの成果を踏まえ、筆者の研究を前進させていきたい。

他方、初めての海外調査であり予定を詰め込みすぎたこと、国立図書館や大学等に訪問できていないことなど反省点もある。筆者は来年度、再度南アを訪問することを検討しており、今回の反省を次回の調査に生かしたい。

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