【2011年度派遣報告】高橋基樹「ケニアの都市と農村における紛争と財産権に関する研究」

(派遣先国:ケニア/派遣期間:2011年8月)
「ケニアの都市と農村における紛争と財産権に関する研究」
高橋 基樹(神戸大学大学院国際協力研究科・教授)
キーワード:土地所有権, 入植, スラム, 家屋の賃貸借, 民族間関係

研究目的

2007年の国政選挙の直後から翌年にかけてケニアの都市と農村で発生した紛争は、「選挙後暴力」としてケニアでは記憶され、その後の政治と社会に大きな影響を与え続けている。日本では優等生のケニアで突如として起こった紛争として報じられた。だが、ケニアの暴力や紛争は植民地時代から発生してきたのであり、「選挙後暴力」が起こった地域でも、とりわけ1990年代初頭から暴力事件や紛争が繰り返されてきた。予備的な調査研究に基づくと、ケニアの暴力・紛争の背景には、人口の急増と経済開発の停滞によって生活資源・社会的機会が希少化する一方で、植民地時代に強制的に持ち込まれた私的な財産権制度が完全には定着しておらず、かえって様々な対立を生じさせていることがあると想定される。本研究では、対立の諸相を都市と農村の状況の中で具体的に明らかにすることを通じて、この想定が正しいかどうかを検証し、さらにその検証結果を踏まえて、対立を紛争に発展させずに、逆に和解、さらには持続的な解決へと導くためにはどうしたらよいかという観点から、ケニアの人々の営為を跡付け、その営為を後押しするための方法について考察することを目的としている。

調査から得られた知見

キアンバー村 ケニア・アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教会の跡地に立つ放火事件の犠牲者の墓標。

調査では、ケニア最大の都市スラムと言われる首都ナイロビのキベラ、また「選挙後暴力」で最多の死者が出たウアシン・ギシュ県の農村キアンバーを訪れた。そして、そこにおける不動産の「所有」と利用の概要、その暴力・紛争との関わり、紛争後の状況と和解・解決に向けた動きに関して情報を収集した。事前の研究も含め、以下のようなことを知り得た。

首都ナイロビの住民の約半数はスラム・低所得地域に暮らしている。スラムはその大半が「不法」居住地域とされ、土地所有権には制定法上の根拠がない。にもかからず、そこに立つ家屋には「所有者」が存在する。一方キベラにはキクユ人、ルオ人など多数の民族が住んでいるが、民族ごとに異なる区域に住み、排除し合う「居住上の排除」が存在すると言われている。そして、立ち並ぶ多数の棟割り長屋では、「所有者」=家主が徴収する家賃をめぐって対立が存在する。しばしば家主はキクユ人(現大統領と同じ民族)、住人はルオ人(現首相と同じ民族)など他の民族と異なるために、その対立に民族間の緊張、さらにはそれぞれの民族に属する政治家同士の争いの要素が忍び込む。「選挙後暴力」には、キベラでは、誰が居住しているかでなく、誰が「所有」しているかを基準として放火される、また賃借人の側から見た「不当に高すぎる家賃」をめぐって家賃の支払いが拒否され、家主が締め出されるなどのできごとが伴った。法の保護を受けられない家主の側もこうした暴力に対抗して私的な暴力を行使した。キベラは現在、表面上は平静な状態に戻っているが、ところどころで(元の)家主が家屋に近づけないと言った事例が存在している。

ウアシン・ギシュ県の中心都市エルドレット周辺は肥沃な農耕地帯であり、自らを「先住者」と自認するカレンジン人と入植者であるキクユ人の居住区域が隣接している。「選挙後暴力」の以前から、「よそ者」であるキクユ人らの入植者の土地所有の正当性を認めず、その暴力的排除を正当化する言説が、国政選挙の前後にカレンジン人らの側から発せられてきた。「選挙後暴力」開始当初に、エルドレット近郊のキクユ人の村キアンバーで、女性と子どもが避難していたケニア・アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教会にカレンジン人襲撃者が放火し、中にいた36名が焼死した。「選挙後暴力」の凄惨さを象徴する事件だった。この事件に際してもキクユ人が入植地に居住し、土地を所有することの正当性が問題にされた。現在までにキアンバー村から移出していった人もいるとされるが、多くの人々は村にとどまり、やはり「選挙後暴力」の際に放火された小学校の再建が進んでいる。小学校の運営委員会には多数の民族出身者が関わり、相互理解のためのサッカー大会が行われるなど、共生に向けた試みは少しずつ行われている。しかし、罪のない人々の犠牲についてその事実と責任を認め、謝罪する場などは設定されておらず、土地の問題の正義はどこにあるのか、あるいはどうしたら互いに折り合えるのかといったことも議論されていない。ケニアの論者の間でも度重なる暴力・紛争の根底にあると見なされている、土地の財産権を巡る対立の解消への道のりはまだ遠いというべきだろう。

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