【2012年度派遣報告】井手上和代「アフリカにおける資本市場と企業の資金調達に関する一考察―モーリシャスの製糖業による資本蓄積と工業化における資源移転の分析より―」

(派遣先国:モーリシャス/派遣期間:2013年2月~3月)
「アフリカにおける資本市場と企業の資金調達に関する一考察―モーリシャスの製糖業による資本蓄積と工業化における資源移転の分析よりー」
井手上和代(神戸大学大学院国際協力研究科博士後期課程)
キーワード:国内資本, ファミリービジネス, 金融システム, 資源移転, 製糖業

研究目的

17世紀から20世紀の独立までにオランダ、次いでフランス、イギリス3カ国の植民地であったモーリシャスの産業構造は、砂糖輸出に依存した典型的なモノエクスポート経済であり、産業の多角化を図り経済発展することが重要な政策課題であった。1970年の輸出加工区(Export Processing Zone: EPZ)の設置により、一次産品依存の経済から脱却し、アフリカにおいて輸出指向工業化により高い経済成長を遂げた成功例として“Mauritian Miracle”と称された。

モーリシャスにおける植民地支配の経験や外国資本の存在は、国内の人口構成や経済構造に決定的な影響を与えていると考えられるが、事前の調査より、モーリシャスの経済成長を支えた要因の一つとして、フランス植民地時代より続く砂糖の輸出による国内の資本蓄積がEPZにおける繊維・衣料産業への投資を可能にしたと想定される。本研究では、市場メカニズムを通じた資源移転の可能性、製糖業者の発展過程および、EPZ企業との関連性を明らかにすることで、上記の仮説を検証し、さらに、その結果を踏まえ、アフリカにおける資本市場の整備を考える上で企業の所有構造の寡占が一般的であるアフリカ社会において、単に企業発展のための資金供給ではなく、国の包括的な成長の為の、金融システムの在り方を考察することを目的とする。

調査から得られた知見

砂糖生産初期に使われていたサトウキビ搾汁機

本調査では、モーリシャス砂糖生産の大部分を担う大農園を経営し、また最終製品である砂糖を生産する製糖工場を運営する大手製糖業者、およびモーリシャス砂糖産業の研究機関であるMauritius Sugar Industry Research Institute(MSIRI)へのインタビュー、縫製工場の集まるFloreal地区にある工場の見学に加え、モーリシャス大学の研究者達との意見交換および情報の収集、政府系機関での文献収集および企業情報の収集を主に行った。事前の調査も含めて以下の事を知り得た。

モーリシャスにおける砂糖の生産は、18世紀のフランス植民地時代から続いており現在、国内の製糖業者は6社となっている。イギリス植民地時代の1858年の砂糖生産の最盛期には288あった製糖工場も、競争の激化と効率性向上のために統合化(Centralization)が進み、経営基盤が脆弱な農園は近隣の資本力のある農園に買収され、年数を追うごとに淘汰されてきたとのことであった。また近年の製糖産業は、機械化が進んだことや経済の多角化を進めるために計画的に統合化を進めており、製糖業以外にも観光業や金融業、不動産業などに進出し、多数の関連子会社を抱える巨大企業となっている。またそれら企業はモーリシャスにおける総資産上位20位以内に含まれている。

現代の製糖工場内の様子、手前はサトウキビ搾汁機

さらに6社の所有関係を辿ると、フランス植民地時代に農園での労働力として100人以上の奴隷を所有し、砂糖生産を行う大農園主(Large Planters/Slave-Owners)が起源となっていることが分かった。加えて、植民地時代に設立されたモーリシャス商業銀行やその他銀行の創設者および経営者リストと照合したところ、経営者は同時に複数の農園の所有主でもあり、製糖業と金融を接合するネットワークを保持し資産を蓄えてきたと示唆される。また、そのことは、金融という市場メカニズムによる農工間の資源移転に寄与したと考えられる。加えて、EPZ企業の約半数が国内資本であり、その一部は製糖業企業の関係子会社も多く含まれている。EPZセクター向けの銀行貸出が1980年代において砂糖産業向けを逆転し増加している背景の一つは、貸出に優遇税率が採用されたことに加え、両セクターにおいて上記のような関係性があったことも後押ししたと考えられる。また、現在まで続く大規模製糖業企業の一つであるMedine社の1912年から現在に至るまでの財務情報を収集し、資金調達と所有関係について分析したところ、設立当初より近年に至るまで一族による支配が続いており、所有と経営の未分離が確認された。

フローレアル地区にある衣料品工場。ここで服のデザイン・企画・パターン・数量の決定を行い、ポートルイスの工場で縫製を行なっている。

モーリシャスの経済成長過程において、これまでの研究で度々指摘されている外国直接投資の重要性はもとより、砂糖産業における国内資本の存在もまた重要な役割を果たしてきたと考えられる。しかしながら、人口構成では少数派のフランス系モーリシャンが植民地時代より続く大土地および大企業を一族支配により所有しており、政治的にはマイノリティだが、経済的エリートとしてモーリシャス産業界において重要なポジションを占めていることが示唆された。金融システムの発展は単に企業発展のファイナンスのためではなく、経済主体の投資機会を平等化し、国内の富をより平等に分配することが望まれる。その点において、モーリシャスにおける資本市場はその役割を果たし切れておらず、包括的な成長の為の金融システムの構築に関しては道半ばだといえよう。

パーマリンク