[社会・文化ユニット第6回研究会/第7回公開ワークショップ]Petr Skalník「Chiefdom in Africa: An Institution of the Past or for the Future?」(第7回Kyoto University African Studies Seminar (KUASS) との共催、2012年10月09日開催)

日 時:2012年10月9日(火)15:00 – 17:00
場 所:京都大学稲盛財団記念館3階小会議室1

プログラム

15:00〜16:30
Petr Skalník (University of Hradec Kralove, Czech Republic)
ピーター・スカルニック(フラデツ・クラーロヴェー大学、チェコ共和国)

“Chiefdom in Africa: An institution of the past or for the future?”
「アフリカの首長国―過去の遺物的な制度か、それとも未来に活用できるのか―」

16:30〜17:30
質疑応答

要旨

Chiefdoms have been in many ways transformed during the colonial and post-colonial times but they still exist in many parts of Africa, Oceania, the Americas and even in Asia. In Europe and non-native America various institutions such as political parties, trade unions, sports clubs and corporations function in ways that resemble chiefdoms. Chieftaincy in Africa is partly discredited and partly revered as a moral authority. In Ghana people and ethnic groups, especially those labeled “acephalous” vie for attaining chiefly status. “Chieftaincy quarrels” lead to armed clashes, unrest and loss of identity. At the same time the modern state in Africa is mostly corrupt, structurally weak or violent towards its own citizens. Chiefs still enjoy high moral status or strive to regain it. At the moment one witnesses revival of chiefdoms’ role as central institution of African society. The solution to the dilemmatic situation might be to “tame” the imported state by according to the chiefs the role of watchdog of democracy. I call it the New Indirect Rule, based on equality of state and chiefdom principles. Is it a wishful thinking or a viable project? What can we learn from Africa?

アフリカ、オセアニア、アメリカ、そしてアジアなど、多くの地域に存在する首長国は、植民地時代から各国の独立後の期間に、さまざまな側面で変化してきたが、いまでも存在している。ヨーロッパ社会と(移民による)アメリカ社会では、政党や労働組合、スポーツクラブ、さまざまな法人といった多様な組織が、こうした首長国と同じような機能を担ってきた。アフリカにおいては、首長の名誉や評判は一部では失墜したが、他方では道徳的な権威として尊敬されている。ガーナでは現在、とくに「無頭的(acephalous:首長をもたない)」と形容される民族集団が、首長の地位を確立しようとして張り合っており、武装闘争もひきおこされ、アイデンティティの喪失や社会的不安をもたらしている。同時にまた、アフリカにおける近代国家は、どこでも汚職が横行し、構造的に弱く、そして市民に対して暴力的である。それに対して首長たちは、より高い道徳的地位を維持しているし、また、そうした地位を獲得しようと努めている。すなわち、現在のアフリカでは首長国が、重要な組織・制度として再生・復興しているのである。このような近代国家と首長国のあいだのジレンマに満ちた関係は、どのように解決されるのだろうか。ひとつは、首長たちに民主主義の番人(監視人)としての役割を与えて、外来の制度である近代国家を「馴化する」ことであろう。このことをわたしは、近代国家と首長国の原理の共通性にもとづく「新しい間接統治(New Indirect Rule)」と呼ぶことにする。これは現実性のない希望的観測だろうか、それとも実現と成功が見込める企てだろうか。そしてわたしたちは、アフリカから何を学ぶことができるだろうか。

[社会・文化ユニット第5回研究会]内藤直樹「排他的領域性を超えるローカルな実践」、木村大治「コンゴ民主共和国ワンバにおける『土地をめぐる権利』の諸相—日常的利用、歴史的所有、自然保護区」(2012年07月07日開催)

日 時:2012年7月7日 15:00~18:15
場 所:京都大学稲盛記念館3階小会議室1

プログラム

15:00〜16:30
内藤直樹(徳島大学)
「排他的領域性を超えるローカルな実践」
16:45〜18:15
木村大治(京都大学)
「コンゴ民主共和国ワンバにおける『土地をめぐる権利』の諸相—日常的利用、歴史的所有、自然保護区」

報告

内藤氏は、まずケニアにおける先住民運動や選挙後暴力を事例に、近年の土地と文化の結びつきの強化が文化的他者に対する排除を強化している傾向を指摘した。そしてケニア政府が排他的な難民庇護政策を実施するなかで、東部のダダーブ難民キャンプのソマリ系長期化難民が、携帯電話やインターネットなどのニューメディアを活用してケニア市民をはじめとする外部世界の人々との間に築きあげた諸関係をどのように理解するべきか議論を行った。質疑応答では、国境を越えて分布するソマリのネットワークが、難民の生活世界の再編にどのように影響しているのかという質問や、ケニアの難民のようなシティズンシップを剥奪された状況にある人々をはじめとする国家と人々との多様な結びつきのあり方をどのように考えるのかついて議論が繰り広げられた。

木村氏はコンゴ民主共和国(旧ザイール)のワンバで生活するボンガンドの人々の生業活動や、土地利用の概要を述べた後、近年、自然保護区が設定されるプロセスのなかで生じている紛争の背景には、ボンガンドの人々の移住の歴史や、リネージ同士の対立があることを提示した。質疑応答では、森の利用方法に明文化されたルールがあるのか(あったのか)、自然保護区以外に関する紛争が生じた場合には、集団間でどのような解決方法が採用されているのか(きたのか)、紛争の主体となっている単位が、近年作られたものである可能性や、実は以前から外部と頻繁に接触し、交渉に長けた人々である可能性、町から帰ってきた人々が近年のリーダ的存在になっている可能性、内戦中に交渉する術を学んだ人々である可能性などが考えられ、ボンガンドの人々が経験してきた詳細な歴史を明らかにする必要があるという点が確認された。(伊藤義将)

[社会・文化ユニット第4回研究会]平野(野元)美佐「バミレケ首長制社会の成立過程と紛争」、海野るみ「歴史を営む、他者とつながる―南アフリカ・グリクワの人々にみる争わない術」(2012年1月28日開催)

日 時: 2012年1月28日(土)15:00-18:30
場 所: 京都大学稲盛財団記念館3階第1小会議室

プログラム

15:00~16:00
平野(野元)美佐(天理大学)
「バミレケ首長制社会の成立過程と紛争」
16:10~17:10
海野るみ(明治学院大学)
「歴史を営む、他者とつながる―南アフリカ・グリクワの人々にみる争わない術」
17:20~18:30 総合討論

報告

平野(野元)美佐(天理大学) 「バミレケ首長制社会の成立過程と紛争」

バミレケは、カメルーン西部地域に住む人びとであり、100を超える首長制社会を形成している。植民地化される以前には、こうした首長同士が頻繁にあらそっていたといわれている。本報告では、まず、首長制社会がどのように形成されてきたのかを口頭伝承を手がかりとして分析した。16世紀にはすでにいくつかの小さな首長制社会が形成されていた可能性がある。そして17~18世紀には移住してきた小集団が地元民を征服して新たな首長制社会を形成し、奴隷交易などによる財の蓄積をとおして中央集権化が進んでいったと考えられる。そして、現在の制度が完成したのは、ドイツ人が入植してきた19世紀末になってからである。

バミレケの首長制社会の内部では、首長と地元民とが軋轢と内紛、そしてその解決と共生をくりかえした。また、首長制社会間では、直接的にはお互いを侮辱することを原因として戦争がおこり、それは結果的には、優勢な社会の領土拡大と、個々の首長制社会のアイデンティティ構築につながった。ただし、交易、捕虜の交換、婚姻関係の構築などをとおして、こうした紛争を解決あるいは回避するしくみも存在していた。

海野るみ(明治学院大学) 「歴史を営む、他者とつながる―南アフリカ・グリクワの人々にみる争わない術」

南アフリカ共和国に住むグリクワの人びとを対象として、彼らが「歴史」と呼ぶ実践自体や、その実践をとおして明らかになる規範(あるいは行動の前提ともいうべきもの)が、結果的に他者との紛争を回避することにつながっていることを示すのが、本報告の目的である。グリクワとは、コイコイを中心として、サン、ヨーロッパ人植民者、バントゥ系の人びと、そして解放・逃亡奴隷などが18世紀後半ごろまでに、「バスターズ」と自称しつつ自己形成した人びとであり、首長とその支持者によって形成される多くの共同体を含んでいる。

彼らは1990年代中頃から、国連の先住民作業部会とのつながりを持ち始め、自分たちを先住民として自己規定してゆく。また、この部会には南部アフリカからほかのコイサンの人びとが参加していることを知り、その人びととの交流や連携を深めていった。この過程を分析すると、彼らの社会には「他者を受け入れる」「流動的にくみかえる」「自律性を保つ」という、相互に深く関連する三つの行動指針ともいうべきもの(=規範)が存在することがわかる。そして、こうした規範と行為とは、結果的には他者との争いを回避し、共生関係を維持することにつながっていると考えられる。(文責:太田至)

[社会・文化ユニット第3回研究会/第3回公開ワークショップ]「現代アフリカにおける先住民と市民社会」(第2回Kyoto University African Studies Seminarとの共催、2011年10月21日開催)

「現代アフリカにおける先住民と市民社会」
京都大学アフリカ地域研究資料センター 
第2回Kyoto University African Studies Seminar

日 時: 2011年10月21日(金)15:00-18:00
場 所: 京都大学稲盛財団記念館小会議室2 (http://www.asafas.kyoto-u.ac.jp/about/access.html)
共催:京都大学アフリカ地域研究資料センター

プログラム

15:00-15:10 趣旨説明
15:10-16:30 ジョン・ギャラティ(マッギル大学) 「マサイにおける土地紛争と市民社会―ローカルな闘争とグローバルな聴衆」
16:30-16:40 休憩
16:40-18:00 丸山淳子(津田塾大学) 「再定住、開発、先住民運動―南部アフリカ、サン・コミュニティの二つの事例から」

Date: 15:00-18:00 21 Oct 2011
Venue: Small Seminar Room, 3F Inamori Bldg., Kawabata Campus http://www.asafas.kyoto-u.ac.jp/en/about/access.html
15:00-15:10 Introduction
15:10-16:30 John Galaty (McGill University) “Maasai Land Conflicts and Civil Society: Local Struggles and a Global Audience”
16:30-16:40 Coffee break
16:40-18:00 Junko Maruyama (Tsuda College) “Resettlement, Development and Indigenous Peoples’ Movement: Two Cases from San Communities in Southern Africa”

発表要旨

John Galaty “Maasai Land Conflicts and Civil Society: Local Struggles and a Global Audience”

The ascendency of the state in Africa and the process of privatizing agrarian land has made many rangeland communities vulnerable to having their mobility drastically curtailed and even to losing their land. This paper will examine the opportunistic seizure of pastoral lands by a variety of actors, including smallholder farmers, political class, entrepreneurs, commercial farmers, speculators, conservationists, tour operators, miners, and foreign states, from the colonial period to the present. From small- to large-scale, valuable pastoral lands have been or are being acquired through local incursions, state allocation or purchase, promising to use it for highly efficient commercial agriculture, or by conservation groups and entrepreneurs who vow to protect wildlife and at the same time propagate high-end lucrative tourist ventures. Land displacements have come to represent a major cause of violent conflicts and legal disputes in pastoral regions. In recent decades, organizations of civil society have increasingly sprung up to defend pastoral land rights, often linking their causes to claims of indigeneity anchored in the creation of the Permanent Forum on Indigenous Issues. The global audience for indigenous land loss and the advocacy of national and international civil society has both mitigated and stimulated local conflicts. Paradoxically, as indigenous land rights have been recognized, actual land loss has accelerated due to the increasingly aggressive role of the state in large-scale land acquisitions by outside parties. This paper will examine the interaction between land grabbing, land losses, and land conflicts, and role played by civil society and assertions of indigenous rights in Eastern and Southern Africa, with special focus on the experience of the Maasai of Kenya and Tanzania.

Junko Maruyama “Resettlement, Development and Indigenous Peoples’ Movement: Two Cases from San Communities in Southern Africa”

The notion that indigenous peoples should have the right to maintain their distinct cultures, lifestyles, and territories has become widely accepted within the international community during the last two decades. While the concept “indigenous peoples” is highly controversial in African context compared with the more consensual situation in nations with white settlers, the San hunter gatherers of Southern Africa also have been involved in global indigenous peoples’ movement, and become one of the best-known “indigenous peoples” in Africa. Indeed, recently some groups of the San have successfully acquired land rights, with the support of the global movement. Of these, two cases from Botswana and South Africa will be highlighted in this presentation; Botswana San won in court the right to return to their land in nature conservation area, and the San in South Africa were handed over land title deeds from President Mandela. Both cases were hailed by NGOs, activists, and the mass media as a landmark for the rights of indigenous peoples in Africa. This presentation will analyze the historical backgrounds and the negotiation process of these two cases, and then elucidate the San’s livelihood and social relationships after they gained land-use rights. Finally, by comparing both cases, dynamics underlying relationships between the San and national and international communities, and positive and negative impacts of the global indigenous peoples’ movement on the San will be discussed.

報告

ジョン・ギャラティ(マッギル大学) 「マサイにおける土地紛争と市民社会―ローカルな闘争とグローバルな聴衆」

ギャラティ氏は、東アフリカ牧畜社会で進展している開発プロジェクトに関する発表をおこなった。とくに多様なアクターを巻き込みながら展開している、牧畜民が利用している土地の剥奪について中心的に論じた。それらの土地は、大規模商業農場や野生動物保護区にすることなどを目的として、国家や外国・国内企業などが取得している。またより小規模ではあるが、農耕民による放牧地の農地化も進められてきた。この土地剥奪は牧畜集団間の土地をめぐる相克を深める危険がつよいが、近年では市民社会組織らが「土着性(indigeneity)」の主張を武器に、牧畜民の土地権利を保護するための活動をおこなっている。これらの組織の活動は、ローカルな紛争を緩和することがある一方で、新たな対立軸を地域に持ち込むことで、紛争をより複雑なものにすることもある。そして皮肉なことに、グローバルな市民社会組織の権利保護活動が高まりつつある時期に、国家は外国資本などによる大規模な土地取得を擁護する政策を取っているのである。

丸山淳子(津田塾大学) 「再定住、開発、先住民運動―南部アフリカ、サン・コミュニティの二つの事例から」

アフリカでは、アメリカ大陸やオーストラリアとは異なり、「先住民」という概念はきわめて論争的な概念である。丸山氏は、アフリカの「先住民」としてもっともよく知られた集団の一つであるサンの人びととグローバルな先住民運動とのかかわりを、ボツワナと南アフリカの事例から比較検討した。サンは近年になって、グローバルな先住民運動からの支援を受けつつ、土地への権利を取得することに成功した。ボツワナでは、司法判断により自然保護地域とされていた彼らのもともとのテリトリーが返還されることになり、南アフリカではマンデラ大統領による土地権利譲渡によって土地を獲得した。丸山氏は、両地域の土地取得にいたるまでの歴史的背景やローカル、ナショナル、グローバルなアクターを巻き込んだ先住性をめぐる交渉プロセス、そして土地取得後のサンの人たちの生活戦略を分析したあと、グローバルな先住民運動がサンにもたらしたポジティヴ、ネガティヴな側面をまとめた。

 

 

[社会・文化ユニット第2回研究会](2011年09月23日開催)

日 時:2011年9月23日 (金)
場 所:京都大学稲盛記財団記念館3階小会議室1

プログラム

15:00~18:00:構成メンバーの研究紹介
松田素二 ケニアPEVに対するローカルイニシャティブの可能性
太田至 トゥルカナの人々の対面的交渉力と秩序形成:難民キャンプとのつきあいのなかで
平野美佐 家族の「紛争」とその解決:カメルーンのやもめ儀礼
近藤英俊 ナイジェリア北部の慢性化する紛争
内藤直樹 社会の「外部」に生きる:ケニア・ダダーブ難民キャンプ複合体における長期化難民の生活実践
佐川徹 大規模土地取引がエチオピアの地域社会に与える影響
梶茂樹 紛争予防機能としてのマルチリンガリズムの可能性

報告

今回は、各構成メンバーが本科研において焦点を当てようとしている研究課題の概要について発表をおこなった。松田氏は、ケニアでの2007年~2008年の選挙後暴力(PEV)時に、ナイロビのスラムに暮らす人びとが地域の治安を確保するために、自発的にコミュニティーポリシング活動を開始した経緯を紹介した。太田氏は、ケニア北部のトゥルカナの人びとが、彼らの居住地域につくられた難民キャンプに暮らす難民とのあいだに個人的な友好関係を形成したり、家畜商人集団を組織して家畜泥棒に備えている事例を示した。平野氏は、カメルーンのバミレケ社会では、夫が死亡した際に「夫を殺したという疑い」を晴らすためにおこなうやもめ儀礼を取り上げ、儀礼ではほとんどの場合妻は「無実」になることを論じ、この儀礼が寡婦となった女性を社会に再統合させる役割を担っていることを論じた。近藤氏は紛争多発地域であるナイジェリア北部で1960年代以降発生してきた大規模な紛争についてまとめ、今後どのような形で地域の対立構造が緩和しうるのかを考察していくことを述べた。内藤氏は、ケニアのダダーブ難民キャンプにおいて、長期化する難民状態はホスト国や難民キャンプ周辺に住む人々にとっても日常化しつつあり、難民と地域住民との長期にわたる相互交渉の結果、地域に新しい「日常生活」が作り上げられつつある点を指摘した。佐川氏は、エチオピアでは政府が海外直接投資を積極的に受け入れ、大規模な土地をリースで外部資本に貸し出していることを指摘し、今後、地域住民とそれらの外部勢力との間に紛争が生じる可能性について触れた。梶氏は、ウガンダの地方都市での社会言語学的調査の結果から、多くの人びとがマルチリンガルであることが紛争の予防といかなる関係を有しているのかを検討していきたいと述べた。

最後に松田氏が、過去に各地域社会で機能していた紛争解決方法はどのようなものであったのか、それらがどのように歴史的に変化してきたのか、それらは現在いかなる紛争解決機能を担っているのか、あるいはいないのか、を検討することが、「社会・文化ユニット」で今後検討されるべき基本的な課題であると述べた。(伊藤義将、佐川徹)

[社会・文化ユニット第1回研究会]「Peace, Violence and Cross-Cutting Ties among African Pastoral Societies」(2011年07月29日開催)

日 時:2011年7月29日 (金) 13:40~17:00
場 所:京都大学稲盛財団記念館3階 318号室
主 催:京都大学アフリカ地域研究資料センター

プログラム

13:40-14:00 Introduction Itaru Ohta (Kyoto University)
14:00-15:00 “Bad Friends and Good Enemies: Constructions of Peace and Violence in the Samburu-Pokot-Turkana Triad (Northern Kenya)” Jon D. Holtzman (Western Michigan University)
15:00-15:15 Break
15:15-16:15 “The Role of Cross-Cutting Ties in the Cameroon Grassfields” Michaela Pelican (University of Zurich)
16:15-16:30 Break
16:30-17:30 Discussion Motoji Matsuda (Kyoto University)

flyer:PDF

報告

「趣旨説明」
太田至(京都大学)

1990年代以降、アフリカでは一般市民を巻き込んだ紛争が頻発した。現在、これらの紛争で生じた社会的混乱をいかに解決するのかが紛争を経験したアフリカ社会の大きな課題となっている。これまでに、国際社会が国際刑事裁判所やPKOを通じて、またNPOやNGOが市民社会を先導するようなかたちで、紛争を経験した社会の再生を試みる活動が行なわれきた。しかし、そのような活動から得られた効果は限定的であった。

本プロジェクトでは、アフリカ人がみずから創造・蓄積し、運用してきた知識や制度(=潜在力)を解明し、それを紛争解決と社会秩序の構築(=共生)のために有効に活用する道を探究することを目的とする。

“Bad Friends and Good Enemies: Constructions of Peace and Violence in the Samburu-Pokot-Turkana Triad”
Jon Holtzman (Western Michigan University)

ケニア北部に住む牧畜民、サンブルとポコットは1850年代に当時激化しつつあった紛争を儀礼の執行をとおして沈静化させた。その儀礼では、両者が互いの成員を殺し合わないことを誓い、2つの民族間には和平がもたらされた。その誓約は2006年に紛争が勃発すると破約した。しかし、2006年以前からサンブルとポコットの間に協力関係が見られることは稀であり、また通婚の事例も少なかったことから、彼らが本当の意味で友好関係を形成していたとは言い難い。サンブルとポコットの間で保たれた和平は友愛によって成立したわけではなく、儀礼に従うかたちで達成されたものであった。そのため、2つの民族間に武力紛争こそ生じることはなかったものの、感情的には互いに嫌悪感を募らせるというねじれた関係が生み出されたのである。 一方で、サンブルはトゥルカナと常に紛争状態にある。しかし、サンブルとトゥルカナとの間には協力的な関係や通婚の事例が多く見られたり、多くのトゥルカナがサンブルと一緒に生活しているという事例が見られたりする。すなわち、サンブルとトゥルカナの間に紛争が絶えることはないものの、2つの民族の関係は親密なものであることが伺える。このことから、親密な関係があるからこそ、2つの民族の間には紛争が絶えないとも考えられる。

このような事例は現地の潜在力を生かして達成された和平と国際社会などの外部圧力によってもたらされた和平を理解する際に役立つであろう。また、この事例から強制的に争いを沈めることと、和平をもたらすことは異なるものであり、平和と紛争は必ずしも対立する概念ではないことを伺い知ることができる。

“The Role of Cross-Cutting Ties in the Cameroon Grassfields”
Michaela Pelican (University of Zurich)

横断的紐帯(Cross-cutting ties)とは1960年代にMax Gluckmanによって生み出された概念で、複数の民族、文化、社会を横断するような関係である。そして、このような関係は複数の民族間の通婚を促進し、友好的な関係をもたらしていると言われてきた。カメルーン北部のGrassfields peoplesと呼ばれる人々とボロロやハウサの関係を見ると、確かに横断的紐帯は複数の民族のかかわりを密接なものにし、民族間の対話を促す役割があると考えられる。しかし、紛争が勃発し、それが激化するとともに、通婚などによって複数の民族に帰属意識を持つ人々は、それぞれの民族からの批判や嫌がらせに晒されることになる。カメルーン北部の事例を見る限り、横断的紐帯の多少と紛争の強度や頻度との間に相関関係を見出すことはできない。横断的紐帯は紛争後の平和構築と複数民族の共生にある程度寄与することが外部セクターによって期待されてきたが、カメルーンの事例では、紛争の勃発により横断的紐帯は切断され、紛争後には、対立しあった民族の成員は互いに接触を断つ忌避戦略(avoidance strategy)を選択する傾向にある。

「質疑応答」

質疑応答では、牧畜民の社会には日常生活に埋め込まれたような紛争が存在するため、このプロジェクトで取り扱う「紛争」を定義しなければ、何をもって紛争解決となるのか混乱を招くという点が話しあわれた。また忌避戦略のように、親密な関係を回避するような行為は、異なる民族間に誤解を生じさせ、紛争を更に激化させる可能性がある点が確認された。(伊藤義将)